判例┃マキサカルシトール事件┃均等論「特段の事情」とは

判例

本事件(平成28(受)1242)の原文はリンクを参照。ここでは原文を適宜省略・表現の変更等しています。

<概要>

特許発明(製造方法)と均等なものであるので、特許権を侵害している!と争った事件。均等の第五要件「特段の事情」がないので、権利侵害であると結論づけた。

事実関係等の概要

状況

1 本件は,マキサカルシトールを含む化合物の製造方法の特許について,上告人らの医薬品の製造方法は,上記特許に係る特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであり,その特許発明の技術的範囲に属すると主張して,上告人らに対し,当該医薬品の輸入販売等の差止め及びその廃棄を求める事案である。これに対し,上告人らは、特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するから,上記医薬品の製造方法は,上記特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであるとはいえないと主張して,被上告人の請求を争っている。

本件発明と上告人の製造方法

被上告人は,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲において,目的化合物を製造するための出発物質等としてシス体のビタミンD構造のものを記載していたが,その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造のものは記載していなかった。上告人らの製造方法を本件特許請求の範囲に記載された構成と比べると,目的化合物を製造するための出発物質等が,本件特許請求の範囲に記載された構成ではシス体のビタミンD構造のものであるのに対し,上告人らの製造方法ではトランス体のビタミンD構造のものである点において相違するが,その余の点については,上告人らの製造方法は,本件特許請求の範囲に記載された構成の各要件を充足する。
上告人らは,被上告人において,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる上記の部分につき,上告人らの製造方法に係る構成を容易に想到することができたと主張している

上告人
上告人

君たちが、出願時にトランス体の記載をしていなかっただけで、この程度の差は容易に想到できる!記載をしていなかった君たちの落ち度だ!

本件明細書の記載等

本件明細書には,トランス体をシス体に転換する工程の記載など,出発物質等をトランス体のビタミンD構造のものとする発明が開示されているとみることができる記載はなく,本件明細書中に,上記発明の開示はされていなかった。

最高裁の判断

(1)

特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものである(特許法1条参照)。そして,特許法70条1項は,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないと規定する。

しかるところ,特許権侵害訴訟における相手方において特許請求の範囲に記載された構成の一部をこれと実質的に同一なものとして容易に想到することができる他の技術等に置き換えることによって,特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,上記のような特許法の目的に反し,衡平の理念にもとる結果となることなどに照らすと,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,所定の要件を満たすときには,対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するというべきである。そして,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するときは,上記のような均等の主張は許されないものと解されるが,その理由は,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないというところにある(平成10年判決参照)。

しかるに,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかったというだけでは,特許出願に係る明細書の開示を受ける第三者に対し,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものであることの信頼を生じさせるものとはいえず,当該出願人において,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものとはいい難い。
また,上記のように容易に想到することができた構成を特許請求の範囲に記載しなかったというだけで,特許権侵害訴訟において,対象製品等と特許請求の範囲に記載された構成との均等を理由に対象製品等が特許発明の技術的範囲に属する旨の主張をすることが一律に許されなくなるとすると,先願主義の下で早期の特許出願を迫られる出願人において,将来予想されるあらゆる侵害態様を包含するような特許請求の範囲の記載を特許出願時に強いられることと等しくなる一方,明細書の開示を受ける第三者においては,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものを上記のような時間的制約を受けずに検討することができるため,特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができることとなり,相当とはいえない。
そうすると,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それだけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。

(2)

もっとも,上記(1)の場合であっても,出願人が,特許出願時に,その特許に係る特許発明について,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,明細書の開示を受ける第三者も,その表示に基づき,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから,当該出願人において,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。また,以上のようなときに上記特段の事情が存するものとすることは,発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与するという特許法の目的にかない,出願人と第三者の利害を適切に調整するものであって,相当なものというべきである。

したがって,出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。

そして,前記事実関係等に照らすと,被上告人が,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲に記載された構成中の上告人らの製造方法と異なる部分につき,客観的,外形的にみて,上告人らの製造方法に係る構成が本件特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて本件特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたという事情があるとはうかがわれない。

原審の判断は,これと同旨をいうものとして是認することができる。論旨は採用することができない。

結論

特許発明と均等である(特許権の侵害が認められた)。

所感

企業知財部員としては、上位概念で記載していたクレームを下位概念に補正するときに、記載漏れが生じないように気を付ける必要がある。

意識的除外の判断について

特許請求の範囲に記載しなかっただけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
(中略)
特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,明細書の開示を受ける第三者も,その表示に基づき,対象製品等が特許請求の範囲から除外されたものとして理解するといえるから,当該出願人において,対象製品等が特許発明の技術的範囲に属しないことを承認したと解されるような行動をとったものということができる。

※一部表現を変更している。

上記の点を踏まえると、後願の権利化防止のために、明細書中にありったけの実施例を記載することに、同時にリスクを生むことになる。つまり、請求の範囲に記載していない発明(≒構成)については、意識的に除外したと解されるため、均等侵害の主張が通らないことになる。

疑問

例えば、機械の発明では、前提を明記するジェプソンクレームは、均等侵害の主張に弱いという認識で良いのだろうか?

[特許請求の範囲]を「プラスチック片を選別するための機械であって、~」とし、明細書中に「金属片の選別に使用することもできる」旨を記載した出願をした場合、後願の選別機に対する新規性・進歩性への牽制にはなるかもしれないが、模倣メーカに均等侵害を主張できなくなるように思う。

(そもそも、後願への牽制のために明細書にありったけを記載したところで、後願の出願人も進歩性を主張する準備をしているはずであるので、「後願への牽制(≒他社が似たような特許を取ることを防止するためにありったけの実施例を書く。)」という考え方自体が正しくないように思えてくる。)

まだまだ学びが足りない身ですので、ぜひコメント等でご意見いただければ幸いです。

・免責事項

当ブログからのリンクやバナーなどで移動したサイトで提供される情報、サービス等について一切の責任を負いません。
また当ブログのコンテンツ・情報について、できる限り正確な情報を提供するように努めておりますが、正確性や安全性を保証するものではありません。
当サイトに掲載された内容によって生じた損害等の一切の責任を負いかねますのでご了承ください。

Amazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。

判例特許法
takoyaki732をフォローする
知財のすみっこ

コメント

タイトルとURLをコピーしました