【企業知財の備忘録】ウタマロ石けんの立体商標はなぜ登録されたのか?審査基準と実務的な出願戦略の整理

自社商品の特徴的な形状をどのように法的に保護するかは、企業知財の実務において頻繁に直面する課題です。事業部から「新商品の形を立体商標で押さえたい」と相談を受けた際、知財担当者としては審査基準と照らし合わせながら、最適なアプローチを検討する必要があります。

今回は私個人の実務の備忘録として、立体商標の登録事例の中でも特に興味深いと感じた「ウタマロ石けん」の立体商標(登録第6308384号)を取り上げます。

商標審査基準を実務で読み込んでいると、「せっけんに文字を刻印しただけのものは、普通に用いられる表示方法であり識別性がない」という原則が頭に浮かびます。それにもかかわらず、なぜウタマロ石けんの立体商標はスムーズに登録に至ったのか。この事例の整理を通じて、立体商標の実務的な出願戦略と、事業部への適切な提案方法について書き留めておきます。

ウタマロ石けんの立体商標に関する基本情報

まずは対象となる商標の書誌事項を整理します。

・登録番号:第6308384号(商願2019-153330)
・権利者:株式会社東邦
・出願日:2019年12月6日
・登録日:2020年10月26日
・区分:第3類(せっけん類など)
・商標の態様:直方体の石けんの表面に「ウタマロ/せんたくせっけん」および「ウタマロ/マルセル」の文字が凹凸で刻み込まれた立体的形状
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1801/TR/JP-2019-153330/40/ja

出願から約10ヶ月という、立体商標としては非常に順調な期間で権利化されていることがわかります。

疑問の出発点:「せっけんの刻印」は識別力がないのでは?

立体商標の出願を検討する際、まず壁となるのが商標法第3条第1項第3号(商品の形状そのものからなる商標)と、同項第6号(その他識別力のない商標)です。

石けんの形状として広く採用されている直方体や楕円形は、商品のありふれた形状として3条1項3号に該当し、原則として識別力がないと判断されます。 さらに、石けんは水で濡らして使用していく消耗品であるため、パッケージを外した状態でも商品名がわかるよう、本体に直接文字を刻印(打刻)することは、業界において古くから普通に採られている表示方法です。

そのため「ありふれた直方体の石けんに、商品名を単に刻印しただけの立体商標」は、需要者から見て一般的な装飾や説明にすぎないと認識され、3条1項6号により拒絶されるのが審査の原則的な運用だと理解していました。

登録の決め手となった「全体観察」の原則

では、なぜ本件は登録査定を得られたのでしょうか。その理由は、商標審査の大原則である「全体観察」と、刻印された「文字の識別力」にあります。

商標の類否や識別力を判断する際、審査官は構成要素を個別に切り離すのではなく、全体としてどのような印象を与えるかを観察します。ウタマロ石けんの立体商標は、以下の要素で構成されています。

  1. 直方体の石けんの立体的形状(単体ではありふれた形状)
  2. 「ウタマロ」という文字の刻印

ここで重要なのが「ウタマロ」という文字列です。この言葉は第3類の「せっけん」の品質や用途を直接的に表す記述的な言葉ではなく、自他商品識別力を有する独自の文字列です。

審査基準上、商品の立体的形状自体がありふれたものであっても、そこに自他商品識別力を持つ文字や図形が一体的に結合されていれば、商標全体としては識別力を有すると判断されます。 つまり特許庁は、直方体という「形状そのもの」に独占権を与えたわけではなく、「直方体の石けんに識別力のある文字が刻印された全体」として登録を認めたということです。

また、広く流通する石けんが白っぽい色なのに対し、ウタマロ石けんは緑のような色である点にも識別力が認められたのではないか、と考えます。

実務上の課題:商標法第3条第2項のハードル

この事例を紐解くと、企業知財が直面する別の課題が見えてきます。もし仮に、文字の刻印がない「緑色の直方体の石けん」という純粋な形状のみで立体商標を取得しようとした場合の手続きです。

形状単体で登録を目指す場合、3条1項3号の拒絶理由を覆すため、商標法第3条第2項(使用による識別力の獲得)を主張することになります。しかし、これを証明するための実務的な負担は極めて大きくなります。

・数十年にわたる同一形状の独占的な販売実績
・形状ごとの詳細な売上高や市場シェアのデータ
・形状を強調した多額の広告宣伝費の明細
・需要者を対象とした大規模な市場調査(アンケート調査)結果

事業部にこれらのデータ抽出を依頼しても、古いデータが残っていなかったり、形状別の集計がされていなかったりすることが大半です。多大な労力と費用をかけて証拠を提出しても、特許庁に認められるケースはごく一部の歴史的プロダクトに限られます。

文字入り立体商標のメリットと限界

3条2項の高いハードルを考慮すると、今回のウタマロ石けんのように「自社のロゴや文字を刻印した状態」で立体商標を出願するアプローチは、実務上非常に理にかなっているかと思います。

この方法であれば、文字部分の識別力によって通常の平面商標と同程度の期間とコストで権利化が見込めます。特許庁から登録証が発行されることで事業部のモチベーション向上につながり、パッケージ等に登録済みの表示を行うことで、他社への一定の牽制効果も期待できます。

ただし、知財部員として事業部に必ず伝えておくべき注意点があります。それは、権利行使時の限界です。

文字入りの立体商標において、自他商品を区別する「要部」は文字部分と解釈されます。そのため、他社が同じサイズの緑色の直方体石けんを販売したとしても、そこに全く別の商品名が刻印されていた場合、商標権侵害を問うのは極めて困難になります。 「立体商標が取れたのだから、同じ形の製品はすべて差し止めできる」という事業部の誤解を未然に防ぎ、権利範囲の限界を正しく共有しておくことが社内トラブルの防止につながります。

形状保護へのアプローチ

純粋な形状の模倣を防ぎたいという事業部のニーズに応えるためには、商標法単独ではなく、複数の制度を組み合わせた知財ミックスの提案が必要です。

一つは、意匠権の活用です。 新商品の開発段階で知財部に情報共有してもらい、文字が入っていないプレーンな状態の形状で意匠登録出願を行います。これは発売前に出願を完了させる必要があるため、事業部との早期連携のフロー構築が不可欠です。

もう一つは、不正競争防止法の活用です。 発売から3年以内であれば、他社のデッドコピーに対して不正競争防止法(2条1項3号)で対応可能な場合があります。また、長年の販売により形状が周知になれば、同法(2条1項1号等)に基づく対応も視野に入ります。将来的な対応を見据え、事業部には形状ごとの売上や広告実績のデータを継続的に保存するよう運用ルールを敷くことが重要です。

まとめ

ウタマロ石けんの登録事例を通じて、審査基準の「全体観察」の適用と、立体商標における実務的な出願戦略のバランスについて整理することができました。

私たち企業知財の役割は、法律論で事業部の要望を否定することではなく、法的な制約や権利の限界を正しく見極めた上で、ビジネス上の目的を達成するための現実的な選択肢を提示することだと改めて感じます。

他社の登録事例を単なる結果として捉えるのではなく、その背景にある知財戦略を読み解く視点を持ち、今後の自社の知財活動に活かしていきたいと思います。

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