「みんなの言葉」が突然使えなくなる?「ゆっくり茶番劇」商標騒動から考える公序良俗と特許審査の質

こんにちは。企業の知財部で日々、特許や商標の実務に向き合っている筆者です。

皆さんは、自分が日常的に使っている言葉やネット上の流行語が、ある日突然「誰かのもの」になり、自由に使えなくなってしまったらどう感じるでしょうか。数年前、インターネット上で大きな話題を呼んだ「ゆっくり茶番劇」の商標登録騒動は、まさにそんな恐怖感を一般のユーザーに抱かせた出来事でした。

本記事では、今後の実務に活かすための備忘録も兼ねて、なぜあの商標は一度登録され、その後無効となったのかを振り返ります。そして、特許庁が公開している「審判実務者報告会2025」や「特許審査の質マニュアル」の記述を紐解きながら、商標法における「公序良俗(4条1項7号)」の判断基準や、特許庁が目指す審査の質について深掘りしていきたいと思います。

知財に関わる方はもちろん、SNSやネットコンテンツに携わる方にとっても、自社や自分の身を守るための参考になれば幸いです。

「みんなの言葉」が突然使えなくなる?「ゆっくり茶番劇」商標騒動を振り返る

「ゆっくり茶番劇」という言葉は、動画共有サイトなどで多くのクリエイターによって長年使われてきたジャンル名のようなものでした。いわば、ネット上の共有財産(パブリックドメイン)に近い存在です。

しかし、この言葉が全く無関係の第三者によって商標出願され、なんと一度は特許庁によって登録査定を受けてしまいました。さらに、商標権を取得した人物が動画クリエイターに対して使用料を要求する事態となり、ネット上は騒然となりました。

「みんなで育ててきた言葉が独占されるなんておかしい」という声が殺到し、最終的には無効審判などを経て、この商標登録は取り消されることになります。

ここで知財の実務者として考えなければならないのは、「なぜ特許庁は一度登録を認めてしまったのか」、そして「どのような論理で最終的に無効と判断されたのか」というプロセスです。

なぜ一度登録され、後に無効となったのか?

この問題を解き明かす鍵となるのが、商標法4条1項7号、いわゆる「公序良俗違反」の規定です。この条文は、公共の秩序や善良の風俗を害するおそれがある商標は登録できないと定めています。

「審判実務者報告会2025」から読み解く、4条1項7号の類型

特許庁が公表している「審判実務者報告会2025」の報告書では、商標法4条1項7号の適用や、後発的無効理由(商標法46条1項6号)についての活発な議論が交わされています。

実務上、この4条1項7号はいくつかの「類型」に分類して解釈されます。今回の事例で特に重要となるのが以下の2つです。

・第2類型(公共の利益に関するもの): 国家や社会の公益を損なうような商標。みんなの共有財産を一個人が不当に独占し、社会的な混乱を招く場合などがこれに該当し得ます。

・第5類型(出願の経緯に関するもの): 他人の著名な表示を先回りして出願するなど、信義則に反するような不正な目的を持った出願。

「ゆっくり茶番劇」の場合、特定のコミュニティで共有されていた文化的な名称を、正当な権利を持たない者が独占しようとした出願の経緯(第5類型)と、それによってクリエイターの自由な表現活動が阻害されるという公益への悪影響(第2類型)の両面が問題視されたと考えられます。

「CONMER事件」の法理と「特段の事情」のバランス

一方で、審査官や審判官は何でもかんでも「公序良俗違反」にしてよいわけではありません。ここで参考になるのが、過去の知財高裁の判例(いわゆるCONMER事件など)で見られる法理です。

裁判所は伝統的に、4条1項7号という条文を「私的な権利の紛争に安易に広げて適用すべきではない」という慎重な姿勢をとっています。つまり、特定の当事者間での単なる揉め事にとどまる場合は、公序良俗の違反とまでは言えないという判断です。

しかし、「ゆっくり茶番劇」のように、ネット上で何万人もの不特定多数のユーザーが長年使用してきた言葉を独占する行為は、単なる私的紛争の枠を超えています。このような「特段の事情」がある場合には、公益への著しい侵害として、例外的に4条1項7号の適用が妥当であると判断されるバランス感覚が求められます。

ネットの実情を把握する難しさと特許庁の取り組み

では、なぜ最初の審査段階でこの問題を見抜けなかったのでしょうか。それは「取引の実情」を完全に把握することの難しさに起因します。

「特許審査の質マニュアル」が求めるもの

特許庁が発行している「特許審査の質マニュアル」には、「社会の期待に応える審査」を持続的に提供することの重要性が説かれています。世界最高品質の審査を提供するためには、単に法令を形式的に当てはめるだけでなく、実際の取引の実情や社会動向を考慮した判断が不可欠です。

しかし、インターネット上の特定のコミュニティで流行しているスラングやジャンル名を、審査官がすべて網羅し、リアルタイムで把握することは非常に困難です。毎日膨大な数の出願を処理する中で、一見すると普通の一部の文字列にしか見えない商標が、実はネット上で巨大なコミュニティを形成している言葉だった、という事態は起こり得るのです。

質向上のためのPDCAサイクル

特許庁もこの事態を重く見ており、審査の質を向上させるためのPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを回しています。マニュアルに記載されている通り、ユーザーとの意見交換やデータ分析を通じた審査基準の改訂、さらには情報提供制度の積極的な活用などが推進されています。

私たち出願人や第三者としても、もし「みんなの言葉」が不当に出願されているのを発見した場合は、特許庁に対して速やかに「情報提供」を行うことが、社会全体の審査の質を保つための有効な手段となります。

まとめ:パブリックドメインを守ることも「審査の質」

「ゆっくり茶番劇」の騒動から私たちが学べる教訓は、強い知的財産権を創出・保護することだけが知財制度の目的ではないということです。

誰もが自由に使えるはずの言葉、すなわち「パブリックドメイン」を不当な独占から守ることもまた、知的財産制度の重要な役割であり、社会が特許庁に期待する「審査の質」そのものだと言えます。

実務に活かすためのアドバイス

日々の知財実務において、自社のブランドを保護するために商標を出願することは非常に重要です。しかし同時に、その出願が「他者の正当な活動を不当に制限するものではないか」「社会的な道義(公序良俗)に反していないか」という視点を持つことが求められます。

また、自社が長年使っているキャッチコピーや業界用語が第三者に狙われるリスクを減らすためにも、定期的な商標ウオッチング(監視)を行い、必要に応じて特許庁へ情報提供や異議申し立てを行う体制を整えておくことをお勧めします。

知財の制度は、私たちのビジネスと文化を守るための強力なツールです。そのツールを正しく、そして社会と調和する形で活用していくための知識を、これからも皆さんと共有していきたいと思います。

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