はじめに:知財部員の「常識」を疑え
「物の特許(プロダクト特許)こそが最強であり、製法特許は立証が難しいサブの権利である」。知財部に配属された際、私はそう教わってきました。しかし、その常識を根底から覆す判決が2019年に下されました。
舞台となったのは、鹿児島産の火山灰を使用したヒット商品「火山灰石けん」。最終的な賠償額は、知財訴訟としては異例の総額約5億4000万円に達しました。
驚くべきは、勝利の決め手が「使いにくい」はずの製法特許だったという点です。一方で、王道であるはずのプロダクト特許は、ある「実務上の罠」によって侵害が認められませんでした。知財担当者なら絶対に知っておくべき、この逆転劇の裏側を解説します。
1. 事件の構図:ヒット商品を巡るライバル対決
本件の当事者は、「よか石けん」を展開する原告らと、競合品を製造販売していた被告らです。
- 原告製品:「つかってみんしゃいよか石けん」「然(しかり)」
- 被告製品:「火山灰でできたすごか石けん」(製造名:BCミネラルソープ)
原告は、火山灰を中空の微小球状にした「シラスバルーン」の内部に石けんを詰め込むというユニークな技術について、「製法(本件発明1)」と「物(本件発明2・3)」の両面で特許網を張っていました。
2. プロダクト特許の罠:詳細すぎる限定が招いた「立証の壁」
なぜ、直接相手を捕まえられるはずの「物の特許」が敗れたのでしょうか。
原告の特許請求の範囲には、「中心部に至るまで石けんが収納されている」、あるいは「満たされている」という詳細な構造が記載されていました。これらは、審査段階で進歩性を認めてもらうための、いわば「権利化のための限定」だったと推察されます。
しかし、裁判ではこれが裏目に出ました。電子顕微鏡(SEM)で観察しても、真空乾燥によって水分が飛ぶため、「内部に付着している」ことはわかっても、「中心まで満たされている」ことまでは証明できなかったのです。
「権利化のための補正」が「権利行使の足かせ」となる。まさに知財実務の怖さを象徴する場面です。
3. 製法特許の勝利:言葉の順序より「技術の本質」
一方で、製法特許は大逆転を収めました。
被告は、特許に書かれた「アルカリ溶液に浸けてから、その後で脂肪酸を足す」という手順に対し、「うちは先に界面活性剤と混ぜて、後からアルカリを入れているから、順序が違う」と回避を主張しました。
しかし、裁判所はこれを認めませんでした。 「界面活性剤で表面張力を下げて内部に浸透させる」という技術的本質さえ実現されていれば、材料の投入順序は効果を左右しないと判断したのです。言葉の形式に縛られず、発明のエッセンスを評価したこの判断は、製法特許のポテンシャルを再認識させるものでした。
4. ブラックボックスを暴いた「証拠保全」と「時効」
製法特許の弱点は、工場の中が見えないことです。しかし原告は、証拠保全という強力な手段で被告工場の「製造工程表」を差し押さえました。
さらにこれが、消滅時効の回避にも繋がりました。裁判所は、「製法は外から分析しても確認が困難である」とし、時効のカウントを「警告書を送った日」ではなく「証拠保全で工程を把握した日」からと認定したのです。
おわりに:これからのハイブリッド戦略
本事例の最大の教訓は、「物と製法、両ルートで権利を押さえておく重要性」です。もし一方が欠けていたら、この5.4億円という結果は得られなかったでしょう。
現在は、当時よりも侵害立証を容易にする「査証制度」も導入されています。これからはプロダクト特許に頼り切るのではなく、製法も含めた多重の防御網を張る「ハイブリッド戦略」こそが、真に強い知財活動に繋がると思います。
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