「物は同じだけど、訴求先を変えれば別の特許取れるでしょ?」
知財の仕事をしていると、一度は言われたことがあるフレーズです。悪気はなく、「〜用」と書けば別の発明になる、という素朴な理解からくるものです。
これは構造としては「新規性はないけど進歩性はあるでしょ」という相談と同じです。進歩性は新規性のある発明を前提にした議論なので、新規性のない発明に進歩性だけを認めることはできません。用途特許(用途発明)も突き詰めれば新規性の話なので、「物は同じだが、訴求や分類だけ変えれば新規性が生まれる」ということは起こりません。
本記事では、その枠組みが実際の拒絶理由通知でどう現れているかを、実際の出願7件で見ていきます。
この記事で扱う7件
- 事例① 「性質を説明しているに過ぎず」──最頻出フレーズの正体(資生堂・特願2024-010336/新規性)
- 事例② 「新たな用途であるとは認められない」──カテゴリを切り替えても新用途にならない(サントリー・特願2019-562106/新規性・進歩性)
- 事例③ 作用機序による言い換えは、用途にならない(ヱスビー食品・特願2022-022487/失敗事例)
- 事例④ 微生物クレームでは、用途限定が構造的に読まれない(ヤクルト本社・特願2016-510303/新規性)
- 事例⑤ 「抗疲労組成物」→「抗疲労用組成物」という一文字の補正(味の素・特願2015-541619/特許査定)
- 事例⑥ 植物全体が公知でも、特定成分の用途発明には新規性が認められる(特許第6800404号/登録)
- 事例⑦ 用途限定していないことを突かれたときの反論(東洋新薬・特願2018-095889/意見書の実例)
化学・食品・化粧品分野で中間対応をされている方、これから用途発明の出願を設計する方に向けて書きました。
なお、noteにダイジェスト版を投稿しています。
前提の確認:用途限定は3通りに認定される
請求項に「〜用」という記載があるとき、審査官は明細書・図面・出願時の技術常識を考慮して、その用途限定がどういう意味を持つかを判断します。分岐は3つです。
(A) 用途限定が「その用途に特に適した構造等」を意味する場合
その形状・構造・組成等を有する物として認定されます。審査基準の例は「クレーン用フック」です(審査基準3.1.1)。機械・器具の分野はたいていここで処理されます。
(B) 用途発明といえる場合
用途限定も含めて発明が認定されます。物として同一でも、引用発明とは異なる発明と扱われます。「船底防汚用組成物」の例がこれです(審査基準3.1.2)。これが用途特許です。
(C) 上記のいずれでもない場合(原則)
用途限定のない物として認定されます。物が公知なら新規性なしです。
用途発明の要件は2つです。
- (i) ある物の未知の属性を発見すること
- (ii) その属性により、その物が新たな用途への使用に適することを見いだすこと
事例①「性質を説明しているに過ぎず」──最頻出フレーズの正体
出願人:資生堂/出願番号:特願2024-010336/争点:新規性(29条1項)/結果:拒絶理由通知
発明の概要
ポリメトキシフラボノイド(ノビレチン、シネンセチン等の柑橘由来フラボノイド)を有効成分とする、腸管バリア機能を改善する剤に関する発明です。
請求項1(要旨):ポリメトキシフラボノイドを有効成分とする、腸管バリア改善剤。
審査官の指摘
拒絶理由通知には、こう記載されています。
ここで、本願の請求項1には、「腸管バリア改善」という「剤」の用途を特定しようとする記載があるが、かかる記載はポリメトキシフラボノイドの性質(腸管バリア機能に関する有用性)を説明しているに過ぎず、かかる記載によってポリメトキシフラボノイド自体が異なるものとはならない。 したがって、請求項1に係る発明はポリメトキシフラボノイド自体の発明と解される。
そのうえで、引用文献4には5,7-ジメトキシフラボン等のポリメトキシフラボノイドが記載されており、ユーパチリン、ノビレチン、シネンセチンはいずれも請求項1のポリメトキシフラボノイドに包含されるとして、引用文献1〜3にそれぞれ記載された発明であり、また引用文献4に記載された発明である、と結論づけられています。
ポイント1:これは定型句である
「性質を説明しているに過ぎず」という言い回しは、審査基準でいう「用途限定が請求項に係る発明を特定するための意味を有しない」の実務上の言い方です。化学・食品・化粧品分野の新規性拒絶では、かなりの頻度で登場します。
構造は次の4段です。
- 「〜用」の記載は、その物の有用性の説明である
- 有用性が分かっても、物そのものは変わらない
- よって発明は、用途限定のない物の発明と解される
- その物が公知 → 新規性なし
審査官の一文は要件(i)と(ii)を区別せずに一括で切っています。分けて反論することで、論点をずらせます。
反論の雛形です。
審査官殿は、請求項1の「○○用」との記載が成分Aの性質を説明するに過ぎず、成分A自体を異なるものとしないと認定されます。
しかしながら、審査基準第III部第2章第4節3.1.2が定めるとおり、用途発明の該当性は、(i)未知の属性の発見の有無、及び(ii)当該属性により見いだされた用途が従来知られている範囲とは異なる新たなものであるか、によって判断されるべきものです。
本願明細書の段落【○○】に記載のとおり、成分Aが○○(作用機序)を有することは本願出願時において知られておらず、これは未知の属性の発見に該当します(要件(i))。
また、引用文献に記載された成分Aの用途は△△であり、これは□□を目的とするものです。これに対し本願の「○○用」は、××を目的とする用途であって、△△とは目的においても適用場面においても異なります。したがって、本願の用途は、成分Aについて従来知られている用途とは異なる新たな用途を提供するものです(要件(ii))。
よって、「○○用」との用途限定は、請求項に係る発明を特定するための意味を有するものとして認定されるべきであり、本願発明は引用発明とは異なる発明であります。
ポイント2:予備的拒絶理由という二段構え
この通知は続けてこう書いています。
本願の請求項1~3に係る発明において用途が特定されていると解したとしても、以下の拒絶理由が存在する。
審査官は二段構えで来ています。
- 第一次的には「用途限定は無意味 → 新規性なし」
- 仮に用途限定が認められたとしても、進歩性やサポート要件で落とす
用途限定の意義だけを争って勝っても、案件は前進しません。意見書では両方に手当てします。予備的拒絶理由のほうが本丸だったというケースは珍しくありません。
意見書は「用途限定の認定」→「仮に用途限定が認められない場合でも」→「予備的理由への反論」の三層で書きます。
事例②「新たな用途であるとは認められない」──カテゴリを切り替えても、新用途にはならない
出願人:サントリー/出願番号:特願2019-562106/争点:新規性・進歩性/結果:拒絶理由通知
没食子酸とフェノール化合物を含む、整腸のために使用される腸管バリア機能改善用組成物に関する発明です。
審査官の指摘
要件(ii)を正面から否定している事例です。
引用文献1との関係について、通知はこう述べています。
引用文献1には、没食子酸とともに含まれるフェノール化合物が、没食子酸の腸管バリア機能改善作用を増強することについては明示されていないが、両方が含まれた組成物により、腸管バリア機能が改善しているのであるから、引用文献1においても、フェノール化合物が没食子酸の機能を増強している蓋然性が高いともいえるし、引用文献1においても、フェノール化合物は、没食子酸とともに用いて、腸管バリア機能の改善のために使用されるものであることが記載されているので、請求項10、14に記載されたフェノール化合物の用途が新たな用途であるとは認められない。
漢方処方を開示する別の引用文献との関係では、相違点をこう認定したうえで、
(相違点)前者は、整腸のために使用される、腸管バリア機能改善用組成物であるのに対し、後者は、腸の損傷に対して作用するものである点。
こう続けています。
しかしながら、腸の損傷に対して作用することは、腸管バリア機能が改善することであるし、整腸作用を有するということであるから、両者は、没食子酸及びケンフェロールを含む組成物について新たな用途を提供するものであるとは認められない。
ポイント1:上位概念でくくられる
引用文献は「腸の損傷に作用する」、本願は「腸管バリア機能改善」。言葉としては違います。審査官は、
腸の損傷への作用 = 腸管バリア機能の改善 = 整腸
と読み替えて、同じ用途の範囲内だと認定しました。これは審査基準の「肌の保湿用化粧料 vs 肌のシワ防止用化粧料」の例(ともに皮膚の改善という用途で区別できない)と同じ論法です。冒頭の「カテゴリを切り替えても新用途にならない」という原則が、実際の拒絶理由でこう現れます。
ポイント2:「蓋然性が高い」は反論の余地
引用文献1について、審査官は「明示されていないが、蓋然性が高い」という認定をしています。これは新規性の判断としてはやや踏み込んだ書き方で、崩せる可能性があります。
引用文献に明示がない事項を「蓋然性が高い」で埋めるのであれば、その蓋然性を基礎づける技術常識が出願時に存在したことを審査官が示すべき、という立て付けで押し返します。事例⑥で紹介する抽出溶媒の論点も同じ発想です。
反論の雛形です。
審査官殿は、引用文献に記載された用途△△と本願の用途○○とが、いずれも□□に帰着するとして、新たな用途の提供に当たらないと認定されます。
しかしながら、審査基準がいう「新たな用途」の判断は、両者を包含し得る上位概念が存在するか否かによってではなく、当業者が両者を区別し得るか否かによってなされるべきものと思料します。
本願の○○は、△△とは(1)適用対象、(2)解決課題、(3)期待される効果の発現機序のいずれにおいても異なります。すなわち、△△を目的として本願組成物を用いる当業者が、○○という効果を予期し、あるいは○○を目的として当該組成物を選択することは、出願時の技術常識に照らしてあり得ません。
したがって、両者は当業者にとって明確に区別可能な別個の用途であり、本願の○○は従来知られている範囲とは異なる新たな用途に該当します。
事例③ 作用機序による言い換えは、用途にならない
出願人:ヱスビー食品/出願番号:特願2022-022487/争点:新規性・進歩性/結果:出願人の反論が退けられた
リンゴ酸を有効成分とする、マスト細胞の脱顆粒を抑制する組成物に関する発明です。
審査官の指摘
拒絶理由は2系統ありました。
引用文献1+5との関係 引用文献1はリンゴ酸の腹腔浸出細胞液へのヒスタミン遊離抑制作用を開示している。当該細胞液にはマスト細胞が含まれる(引用文献5)以上、マスト細胞の脱顆粒抑制は自明であり、新規性・進歩性なし。
引用文献4との関係 引用文献4のジフェンヒドラミン製剤にはリンゴ酸が含まれており、物として同一。「脱顆粒抑制」は、既知の抗アレルギー用途を作用機序で言い換えたに過ぎないため、用途発明として区別できない。
出願人の反論と、それが退けられた理由
出願人は2つの反論を試みましたが、いずれも認められませんでした。
反論1:「引用文献1の標的はマクロファージであって、マスト細胞ではない」
審査官の応答:腹腔浸出細胞液中にマスト細胞が含まれる以上、当該液で脱顆粒抑制が起きていた蓋然性は高い。
反論2:「引用文献4のジフェンヒドラミンはH1受容体拮抗であり、本願の脱顆粒抑制とは作用機序が異なる」
審査官の応答:物・用途が同一である以上、作用機序の差異は区別の根拠にならない。
ポイント:「作用機序の言い換え」という落とし穴
化学・食品分野では、既存素材について新しい作用機序を突き止める研究がよく行われます。「リンゴ酸がマスト細胞の脱顆粒を抑制していた」というのは、論文としては十分に価値があります。
しかし特許の用途発明の枠組みでは、作用機序の解明は要件(i)にしか効きません。要件(ii)を満たすには、その機序によって従来と違う使われ方が生まれる必要があります。
- 従来:抗アレルギー用途で使われていた
- 本願:抗アレルギー作用の機序が脱顆粒抑制であることを解明した
- 使われ方は変わっていない → 新たな用途ではない
反論2で出願人が「作用機序が違う」と主張したのは、審査官から見れば要件(ii)ではなく要件(i)の話であり、噛み合いませんでした。
NG:「引用発明とは作用機序が異なりますので、別発明です」──作用機序の差異それ自体は、物の同一性も用途の同一性も否定しません。この一言で押し切ろうとすると、本事例のように定型的に返されます。
改善案:機序の差異から、用途の差異に橋を架けます。
たしかに、引用発明と本願発明とは、いずれも成分Aを含有する点で共通します。
しかしながら、本願が見いだした○○という機序は、単に引用発明の効果を別の言葉で言い換えたものではありません。当該機序が明らかになったことにより、成分Aは、引用発明が想定していなかった△△(例:予防的投与、他疾患への適用、投与経路の変更、対象患者層の拡大)という場面において使用し得ることが判明したものです。
すなわち本願は、機序の解明にとどまらず、当該機序に基づき成分Aの使用場面それ自体を新たに切り開いたものであり、従来知られている用途とは異なる新たな用途を提供するものです。
「機序が違う」で止めず、「だからこういう新しい使い方ができる」まで書きます。これは意見書で急に言い出せるものではなく、出願時の明細書に書いておく必要があります。
研究部門から「既存素材の新しいメカニズムが分かった」という報告が来たときに知財側が確認すべきことは、次の3点です。
- その機序が分かったことで、今と違う売り方・使い方ができるようになるか
- できるなら、その新しい使い方を明細書の課題・効果として立てられるか
- 立てられないなら、用途発明ではなく組成物としての構成(配合比、剤形、他成分との組合せ)で権利化を狙うほうが現実的ではないか
3への切り替えを早めに判断できると、無駄な中間対応を減らせます。
事例④ 微生物クレームでは、用途限定が構造的に読まれない
出願人:ヤクルト本社/出願番号:特願2016-510303/争点:新規性・進歩性ほか/結果:拒絶理由通知
ラクトバチルス・カゼイ(YIT9029等)の菌体又はその処理物を有効成分とする、睡眠の質を改善する用途の発明です。
審査官の指摘
「睡眠の質改善用の」は、「ラクトバチルス・カゼイの菌体及び/又はその処理物」の有用性を示しているに過ぎず、用途限定のない「YIT9029等のラクトバチルス・カゼイの菌体及び/又はその処理物」そのものと解される
ポイント:これは個別判断ではなく、類型判断
事例①と文言はよく似ていますが、根拠が違います。
事例①は審査基準3.1.2の「用途発明といえるか」の個別判断で(C)に落ちたケースです。本件は審査基準3.1.3が定める適用除外の類型です。
化合物・微生物については、用途限定が付されていたとしても、用途限定のない化合物・微生物として解釈する
この考え方は動物・植物にも同様に適用されます。未知の属性を発見していようが、新たな用途を提供していようが関係なく、クレームの主題が化合物・微生物・動物・植物である時点で用途限定は読まれません。個別事情で覆せる話ではありません。
菌株の機能性研究は、乳酸菌メーカーを中心に膨大な投資が行われている領域です。それでも菌体クレームで書いた瞬間にこの壁に当たります。
クレーム形式の選択
用途限定が読まれるかどうかを、形式別に整理します。
読まれない(用途発明の考え方が適用されない)
- 「○○用の菌体」──本事例。3.1.3の適用除外
- 「○○用の化合物X」──同上
読まれる
- 「化合物Xを含有する○○用組成物」──審査基準の推奨形式
- 「化合物Xを有効成分とする○○用剤」──医薬用途で標準的
- 「化合物Xを含有する○○用食品組成物」──平成28年改訂で明示的に認容
注意が必要
- 「化合物Xを含有する○○用ヨーグルト」──下位概念。審査基準上は認容だが、植物・動物を包含する記載になっていないか要確認
「食品組成物」という記載形式は、通常は動物・植物を包含しないと考えられるため用途限定のないものと解釈されるリスクが低く、かつ上位概念として広いです。使いやすい形式です。
補正で戻せるか
拒絶理由を受けてから「菌体」を「菌体を含有する組成物」に補正することは、当初明細書に組成物としての記載があれば可能です。ただし、
- 明細書が菌株の特定と菌学的性質の記載に終始していると、組成物としてのサポートが薄い
- 「○○用」の用途が課題・効果として明細書に立っていないと、要件(ii)の主張材料がない
という二重の問題が出やすくなります。出願時に潰しておくべき論点で、中間対応で挽回するのは分が悪いです。
事例⑤「抗疲労組成物」→「抗疲労用組成物」という一文字の補正
出願人:味の素/出願番号:特願2015-541619/争点:新規性・進歩性/結果:特許査定
ヒスチジンとビタミンB6を特定比率(30:1〜240:1)で組み合わせることで、効率的に疲労を改善する技術です。当初の請求項1は「(1)ヒスチジン及び(2)ビタミンB6及び/又はカルノシンを併用してなる、抗疲労組成物」でした。
審査官の指摘
用途の限定が不十分:当初の「抗疲労組成物」という表現では、単に作用を説明しているだけで「用途」を限定したことにはならない。
進歩性違反:引用文献2や3には、すでにヒスチジンとビタミンB6を両方含む食品やドリンク剤が具体的に記載されている。その中から成分量を適切に設定することは、食品分野では通常行われること。
出願人の対応
補正
- 「抗疲労組成物」を「抗疲労用組成物」に書き換え、用途を明確に限定
- ヒスチジンとビタミンB6の比率を「30:1〜240:1」に特定
意見書の主張
- 比率の違い:引用文献2はビタミンB6の量が本願よりずっと多く比率が異なる。引用文献3(ローヤルゼリー)に至ってはビタミンB6のほうがヒスチジンより多く、本願とは構成が逆転している
- 膨大な選択肢からの抽出:先行技術には多数の成分が挙げられており、その中からヒスチジンとビタミンB6をあえて優先的に選ぶ理由はない
- 相乗効果:ヒスチジン単独では効果がない量でも、少量のビタミンB6をこの比率で混ぜることで劇的な効果が生まれることをデータで示した
意見書にはこう記載されています。
特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り、当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず、これを引用発明と認定することはできない
ポイント:「用」の一文字
「抗疲労組成物」ではダメで「抗疲労用組成物」ならよいと、審査官が明示しています。
- 「抗疲労組成物」→ その組成物が抗疲労という性質を持つことの説明とも読める(性質による物の特定)
- 「抗疲労用組成物」→ 抗疲労という用途に向けられた組成物である(用途による物の特定)
前者は審査基準第4節2.(作用、機能、性質又は特性を用いて物を特定しようとする記載)の土俵、後者が3.(用途限定)の土俵です。用途発明の議論のテーブルに載るかどうかが、この一文字で決まっています。
「〜組成物」「〜剤」と書いてしまっている出願は少なくありません。
本件は「用」を足しただけで通ったわけではなく、比率の限定と相乗効果のデータがセットです。用途限定の議論に持ち込んだうえで、進歩性の勝負をしています。用途限定は入口であって、出口ではありません。
事例⑥ 植物全体が公知でも、特定成分の用途発明には新規性が認められる
特許番号:特許第6800404号/争点:新規性/結果:登録
審査官の指摘
黒生姜(ブラックジンジャー)を素材とする用途発明に対し、審査官は次の論理で新規性を否定しました。
- 引用文献1には「黒生姜抽出物」に交感神経活性化作用があることが記載されている
- 引用文献2には黒生姜に「成分A(特定のフラボノイド)」が含まれることが記載されている
- フラボノイドが抽出溶媒(エタノール等)に溶けることは技術常識である
- したがって引用文献1の抽出物には当然に成分Aが含まれており、その効果も公知である
「植物の効果が公知なら、含まれる成分の効果も公知」という論法です。天然物素材の用途発明で頻出のパターンです。
出願人の対応
4段構えで反論しています。
(a) 特定の化合物の開示なし:引用文献1には黒生姜抽出物の効果は書かれているが、成分A自体については記載も示唆もされていない。
(b) 「植物=成分」の否定:ある植物の用途が公知であっても、そこに含まれる特定の未知成分の用途が当然に公知(当業者が認識できる状態)であるとは言えない。
(c) 抽出条件の差異:引用文献1(エタノール/水:高極性)と引用文献2(ジクロロメタン:中極性)では溶媒の物性が異なり、抽出される化合物も異なる。したがって成分Aが引用文献1の抽出物に含まれる蓋然性は低い。
(d) 予期せぬ効果(比較例の提示):同じ黒生姜由来の類似化合物であっても、活性が真逆(抑制)になる場合があることをデータで示し、特定成分Aを選択することの困難性を立証した。
ポイント:ディテールで蓋然性認定を崩す
(c)の抽出溶媒の極性差という論点は、明細書や引用文献を精読しないと出てきません。この種のディテールは、審査官の「当然に含まれている」という蓋然性認定を崩す直接的な武器になります。事例②の「蓋然性が高い」への対処も同じ発想です。
(d)の比較例は、「成分Aを選ぶことに技術的意味がある」ことを示すと同時に、「植物全体の効果から成分Aを特定することは困難」という主張の裏づけにもなります。出願前に取得できるなら取っておきたいデータです。
反論の雛形です。
審査官殿は、引用文献1に記載の植物標品に成分Aが含まれる蓋然性が高いことをもって新規性を否定されます。しかしながら、引用文献1には成分Aの用途については一切記載も示唆もされていません。
当該技術分野において、植物全体の効果が公知であったとしても、そこに含まれる多種多様な成分の中から特定の未知活性成分を同定し、その用途を見出すことには高度な困難性が認められます。実際、本願の比較例が示すとおり、同一植物由来の類似化合物であってもその作用が真逆になることがあり、特定成分Aの選択は当業者が容易に想到し得るものではありません。
また、引用文献1の抽出条件(○○溶媒)と引用文献2の抽出条件(△△溶媒)とでは溶媒の極性が大きく異なり、抽出される化合物群も異なりますから、引用文献1の抽出物に成分Aが含まれるとする蓋然性の認定にも合理的根拠を欠くものと思料します。
貴庁の過去の登録事例に照らしても、植物の用途が公知であることのみをもって、その中に含まれる特定化合物の用途発明の新規性が否定されるものではないことは明らかです。
同様の構図で登録に至った事例として、特許第5009619号(茶のカテキン)、特許第5448384号(ブロッコリーの特定化合物)があります。意見書で「貴庁の過去の登録事例に照らしても」と引用する材料になります。
事例⑦ 用途限定していないことを突かれたときの反論
出願人:東洋新薬/出願番号:特願2018-095889
審査官の指摘
用途限定をしていない点を指摘され、本願発明が「抗糖化組成物以外の用途の組成物を包含している」ため、格別顕著な効果を奏するものとは認められない、と認定されました。用途を限定していないなら、その広いクレーム全体で効果を語れ、という指摘です。
出願人の反論
意見書では、次の趣旨の主張がなされています。
本願発明が『抗糖化組成物以外の用途の組成物を包含して』いるため格別顕著な効果を奏するものとは認められないとする認定は、貴庁の審査基準と運用に即したものではないため、適切ではないと思料致します。
審査基準との整合性そのものを争点にするアプローチです。
ポイント
用途限定をめぐっては、審査官の側にも運用のブレがあり得ます。審査基準の建て付けから見て筋が通らない認定に対しては、正面から「基準に即していない」と指摘するのも一つの手です。
これは審査基準の該当箇所を正確に引用できることが前提です。
- 審査基準第III部第2章第4節の該当項番を引く
- その規定が何をどう判断せよと言っているかを引用する
- 本件の認定がその判断枠組みのどこと食い違うかを具体的に示す
この順序で組み立てます。事例①の「要件(i)と(ii)を分けて論じる」のも同じ発想です。
もっと深く知りたい方へ
今回のような拒絶理由の実例分析は、著書でシリーズ化しています。
『特許事務所に丸投げしない! 〜拒絶理由通知を自力で読み解く、企業知財部の実務ケーススタディ備忘録;化学・食品特許〜』
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明細書の実施例・比較例の組み立て方に興味がある方には、こちらもおすすめです。
『特許事務所に丸投げしない! 実施例・比較例の組み立て方』(高木康裕)
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本記事は公開情報をもとにした一実務者による分析であり、特定の案件における対応を保証するものではありません。実際の権利化にあたっては弁理士にご相談ください。


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