「先使用権制度事例集「先使用権制度の円滑な活用に向けて~戦略的なノウハウ管理のために~(第2版)」」の要点整理

特許法

特許庁が活用事例として公開している「先使用権制度事例集「先使用権制度の円滑な活用に向けて~戦略的なノウハウ管理のために~(第2版)」(PDF: 2,685KB)」について、備忘録としてまとめます。

参照元:https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/senshiyo/index.html#senshiyou_01

[1]企業の知的財産管理の進展

近年、自社での技術開発のみならず、他社や大学等の外部からの研究成果、技術、アイデア等を取り込みながら技術開発を促進するオープンイノベーションの活性化等、イノベーション手法が多様化したことに加えて、新興国企業の技術力向上に伴い製品の製造において国際的な分業体制の構築の必要性が高まる等、産業構造が大きく変革しています。このように製品の開発や製造の過程において多くの企業や大学等との協力関係や競争関係がより一層複雑に絡み合うようになってきた状況の下、企業にとって戦略的な知的財産管理の重要性が高まっています。例えば、企業が保有する技術について、差別化領域である自社のコア技術をクローズ化して技術的優位性を確実にするとともに、一部の技術をオープン化して製品関連技術を広く普及させて製品市場の拡大を図ることで事業収益を最大化する「オープン&クローズ戦略」を積極的に採用する企業も現れています。

このように研究開発や事業の多様化、グローバル化に伴い、戦略的な知的財産管理の重要性が高まっており、企業においてより高度かつ複雑な判断が求められるようになっています。そして、戦略的な知的財産管理を効果的に実行していくためには、自社の技術的優位性の確保につながるコア技術とそれ以外の周辺技術とを見極め、それらの技術の権利化、秘匿化、公知化を戦略的に選択することが重要であると考えられます。

他方、グローバルな事業競争が進展する状況の下、企業の技術力は拮抗しており、外部に明らかにしていない自社技術が他社に開発されて特許出願されたり、自社が特許出願する前に他社に特許出願されたりするリスクも高まっているともいわれています。したがって、他社によって取得された特許権の権利行使等から自社の事業全体を守るために、先使用権の証拠確保や営業秘密としての技術の管理等の知的財産管理を行うことも重要だと考えられます。

[2]権利化/秘匿化/公知化の選択

企業が戦略的な知的財産管理を実践していく際には、自社が保有する様々な技術について、権利化、秘匿化、公知化の選択を行うことになりますが、その判断は、自社の技術的優位性の確保につながるコア技術とそれ以外の周辺技術とを区別しつつ、次のような観点で検討が行われることが多いと考えられます。

まず、権利化するか秘匿化するかという観点からは、特許権等への権利化と営業秘密としての秘匿化のどちらが自社の事業にとって有利かを技術ごとに検討します。例えば、特許権等への権利化については、権利範囲が明確化することで、他社による同一の技術の使用をより確実に防いだり、他社にライセンスして実施料収入を得たりと幅広く権利を活用しやすくなりますが、特許権の存続期間は原則として出願から 20 年間であるという特徴があります。他方、営業秘密としての秘匿化については、半永久的に保護が受けられる可能性があるものの、営業秘密の管理を適切に行うことが求められる他、営業秘密が漏えいするリスクについても十分に認識しておく必要があります。

そして、特に権利化を選択しようとする際には、新規性や進歩性等の特許要件の充足性を検討することはもとより、自社の発明を権利化したと仮定した場合に、他社が販売する製品の外見や分析等から、特許権侵害を把握できるか、また、特許権侵害訴訟等の場において客観的に立証することができるかという観点が多くの企業で考慮されています。また、他社がその技術水準に簡単に追い付けるかどうかといった他社による独自開発の困難性、その技術を自社又は他社の事業として実施するかどうかといった事業化の可能性等の視点からも検討を行っている企業が多いようです。

さらに、自社の事業を守ることを目的として、他社による特許権等への権利化を阻止したりするため、特許出願等による公開、論文発表、公開技報等により、権利化せずに単に公知化することが選択される場合もあるようです。

[3]先使用権制度の意義

特許制度において、先願主義の立場を完全に徹底させると、先願者の特許出願時以前から、独立して同一内容の発明を完成させ、さらに、その発明の実施である事業をし、あるいは、その実施事業の準備をしていた者についても特許権に服することになり、公平に反する等の結果となり得ます。そこで、先願者の特許出願時以前から、独立して同一内容の発明を完成させ、さらに、その発明の実施である事業をし、あるいは、その実施事業の準備をしていた者(先使用権者)について、法律の定める一定の範囲で、先願者の特許権を無償で実施し、事業を継続することを認めることにより、両者間の公平を図ろうとするのが、先使用権制度です。

企業が戦略的な知的財産管理を実践する際に、ノウハウとして秘匿化した技術等、外部に明らかにしていない技術が、他社によって独自開発され特許権として権利化された場合には、他社から特許権侵害訴訟を提起されることがあります。また、製品を構成する一部の技術に対して特許権等を取得していたとしても、特殊なパラメータや機能限定を含むクレーム等、クレームの記載は多様であるため、発明として認識していなかった技術が他社によって権利取得され、特許権侵害訴訟を提起されることもあります。

このように特許権侵害訴訟を受けた場合の抗弁として、事業又はその準備をしていた先使用権者は先使用による通常実施権を主張することが可能であり、それによって事業の継続が可能となります。自社の事業に関する技術を営業秘密として管理しているだけでは、特許権侵害に対する抗弁ができず事業の継続が確保できません。したがって、事前に先使用権の証拠確保をしておくことで、先使用権制度により事業全体を守ることが可能となります。

ただし、先使用権は際限なく認められるものではない点に注意が必要です。例えば、他社がどのようなクレームで特許出願をするかは予測ができないため、先使用権の立証に備えて多くの資料を確保していたとしても、実際の訴訟の場における権利行使に対して先使用権の抗弁が可能になるとは限りません。また、他社の特許出願のクレームが特定できており先使用権があると確信していたとしても、それを訴訟において客観的に立証できなければ、先使用権が認められないこともあります。さらに、事業を継続する過程で、製品の仕様変更等により、事業の対象となる製品が他社の特許出願時のものと変わった場合に、先使用権が認められなくなることもありますので注意が必要です。

なお、日本で認められる先使用権の効力は日本国内に限定されます。そのため、外国の特許権等の関係については、その国の法律に従って先使用権の証拠確保をしておくことが必要となります。また、例えば、輸入行為に先使用権が認められていない国もあり、そのような国に対しては日本で製造した製品を輸出できなくなる場合もあります。このように、外国の制度に関しては、先使用権が認められる要件だけではなく、その効力の範囲にも注意が必要となります。

[4]戦略的な知的財産管理における先使用権の位置付け

戦略的な知的財産管理においてどのように先使用権を位置付けていくかは、企業によって異なりますが、企業における先使用権の証拠確保の実務においては、ノウハウとして秘匿化した技術に着目して資料を収集したり、製品に着目して資料を収集したりして、先使用権の証拠確保をすることが一般的に行われています。

秘匿化した技術に着目して資料を収集する場合には、研究開発段階から事業化までの資料を時系列で整理しながら収集できるため、管理がしやすいという特徴があります。他方、発明と認識していないものの製品に含まれる技術が他社によって出願された場合には先使用権の立証が困難となるリスクがあり、製品全体について先使用権の証拠確保が十分にできない可能性があるとの指摘もなされています。

製品に着目して資料を収集する場合には、事業化が決定した段階でそれまでに蓄積された資料を再整理する必要が生じることや、資料の収集範囲が広いことから、管理負担は大きくなります。他方、製品全体に対して先使用権の証拠確保が可能となるため、事業に対する他社の特許権等によるリスクを最小限に抑えられるという特徴があると考えられます。
したがって、企業においては、戦略的な知的財産管理における先使用権の位置付けを十分に検討し、これらの二つの観点を踏まえた上で、効果的に先使用権の証拠確保をしておくことが重要であると考えられます。

[5]先使用権の証拠確保の重要度を判断する際に考慮する事項

他社による特許権等の権利取得の影響を受けず、自社の事業を安定的に継続できるようにするため、先使用権の証拠確保を効果的に実践していくことが望ましいといえます。単に社内のあらゆる資料を収集しておくだけでは先使用権の証拠確保が十分であるといえない場合もあるため、他社から特許権等の侵害訴訟を受けたことを想定して、客観的に先使用権を立証できるようにするための取組が重要であると考えられます。

ここで取組の例を挙げると、まず、意図的にノウハウとして秘匿化した技術については、同一技術が他社によって権利取得される可能性があることを認識して、先使用権の証拠確保をしておくことが必要だと考えられます。その際には、他社の技術レベルを勘案して他社が独自開発する可能性があるかどうかを考慮することが一案です。なお、万が一、秘匿化した技術が漏えいして他社に出願される可能性もありますので、そのようなリスクを回避するために、営業秘密の管理を徹底することも重要な防衛手段であるといわれています。

また、先使用権によって事業を守るという観点からは、事業の重要性に注目して先使用権の証拠確保を実践している企業も多く存在します。まず、事業化の可能性が高い技術については研究開発段階から十分に資料を収集しておくことが第一に考えられます。さらに、事業化に至った場合には、販売収益等の事業規模が、最初に考慮すべき重要な観点と考えられる他、事業に対する投資金額の規模も、投資を着実に回収する観点から多くの企業によって検討されています。このように、企業経営上の重要な位置付けを占める事業に対しては、その事業全体に対して先使用権の証拠確保をしておくことで事業リスクを最小化することが可能になります。

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