はじめに
ロート製薬の「皮膚外用組成物」に関する特許(特許第7376250号)に対する特許異議申立て(異議2024-700381)の決定が出た 。
組成物特許におけるサポート要件の攻防と、化粧品分野特有の無効資料に対する「除くクレーム」による回避という、興味深い内容が含まれていたので、備忘録として書き留めておく。
サポート要件の攻防:極微量とメカニズム不明について
本件発明は、(A)ジェランガム、寒天、ペクチンから選ばれる水溶性多糖類と、(B)ニコチン酸アミド3質量%以上を併用した際の経時的な粘度低下を、(C)所定の両親媒性成分を含有させることで抑制する、というものだ 。
これに対し、複数の異議申立人からサポート要件違反の主張がなされた 。化学・組成物系の特許を潰しにかかる際の常套手段ともいえる論法である。
1. 成分の下限値がない(極微量)
申立人らは、(A)成分や(C)成分について含有量の下限が特定されておらず、極微量である場合も包含していると主張した 。極微量で増粘作用が生じないなら、そもそも「粘度低下の課題」が生じず、課題解決できない形態を含んでいるからサポート要件違反だ、という理屈だ 。
これに対する特許庁の判断は、「皮膚外用剤において増粘剤として一般に用いられる量が含まれていれば課題は生じるのだから、含有量を厳密に特定する必要はない」と一蹴した 。極端な屁理屈は、当業者の常識を前提に排斥されるという、実務的な安心感を与えてくれる判断だと思う。
2. メカニズム不明による拡張不可について
もう一つの攻撃は、(C)成分が粘度低下を抑制するメカニズムが明細書に記載されていないため、(A)成分の種類が変われば効果が発揮されるか不明だという主張である 。実施例ではジェランガムを中心にデータが示されているが、それを寒天やペクチンにまで拡張できるか、というお決まりの指摘だ。
特許庁は、ジェランガム、寒天、ペクチンはいずれも「増粘性を有する水溶性多糖類」という共通の性質を有している点に着目した 。同じ増粘性を有する以上、ジェランガムで粘度低下抑制が示された(C)成分であれば、寒天やペクチンでも同様に効果を示すと当業者は認識できると判断した。 申立人側が「効果が出ない」という具体的な反証データを示さなかったことも敗因だと思う 。
Mintelによる大量の商品データと「除くクレーム」
本件のもう一つの見どころとして、新規性・進歩性(除くクレーム)がある。
申立人は「Mintel GNPD」などの化粧品データベースから、韓国や欧米の市販化粧品を無効資料として大量に提示してきた 。
これに対し、特許権者は訂正請求において、これら市販品の組成をピンポイントで除外する「除くクレーム」を大量に追加して対抗した(但し書きによる除外) 。 ピンポイントで除外された後、申立人は「その市販品から一部の成分を抜いたり変えたりすれば本願発明になる(進歩性なし)」と主張した。
しかし特許庁は、市販の化粧品は香料やパール剤(酸化チタンなど)も含めて「一つの製品として完成」しており、そこから香料を除いたり油分を変更したりする動機付けはないとして進歩性を肯定した 。「完成品からの引き算」による進歩性の論理構成を否定した点は、実務でも使える強力な防衛ロジックとなる。
「除くクレーム」の今後はどうなるか
本件では「除くクレーム」による力技のディフェンスが功を奏したが、今後の実務においてこの手法の多用には注意が必要だ。
周知の通り、特許庁は「除くクレーム」とする補正に関する審査基準を改訂し、その扱いを厳格化する方向にある 。単に先行技術とオーバーラップした部分を、発明の技術的意義と無関係に恣意的にくり抜くような補正は、新規事項の追加やサポート要件違反としてより厳しく判断されるリスクが高まっている 。
参考
データベース検索による後出しの市販品攻撃は今後も増えるだろうが、本件のような「除くクレーム」での力技による回避がいつまでも通用し続けるとは限らない。明細書作成の段階から、先行技術との差異を論理的に説明できるようなバックアップの規定(パラメータや特定の成分の組み合わせなど)を重層的に仕込んでおく重要性が、より一層増していくかと思う。



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