はじめに
最近、東洋新薬の「イージーパウダー」に関する特許(特許第7549926号)について特許維持の異議決定が出た。実務的に示唆に富む内容だったので、備忘録として残しておく。
本特許の概要と知財マーケティング戦略
本特許の対象は「造粒物及び造粒物の製造方法」である。 具体的には、タンパク質、糖類、グリセリン脂肪酸エステルを含有する造粒物であって、特定の粒度分布、水分含量(4.55質量%以下)、および安息角やスパチュラ角、崩壊角といった粉体物性のパラメータの組み合わせで規定された発明となっている。
東洋新薬のリリース等を見ると、この技術は「イージーパウダー」という商標でブランディングされているようだ。 粉末プロテインは溶けにくくシェーカーが必須という不便さがあったが、同社が青汁の造粒などで培ったノウハウを活かし、シェーカーなしでも水にサッと溶けるプロテインを実現したという。
同社はOEM/ODMメーカーだが、特許権の取得をニュースリリースで大々的にアピールし、技術的な優位性の裏付けとして営業に活用している。開発した製剤技術を知財で保護し、そのままマーケティングメッセージに直結させる非常に手堅い手法だ。
企業HP:https://www.toyoshinyaku.co.jp/240919news/
異議申立てのポイント:パラメータの隙を突く攻撃
この特許に対し、3名の申立人から異議が申し立てられた。提出された先行技術の数も膨大で、新規性・進歩性はもちろん、明確性要件、サポート要件、実施可能要件と、考え得るほぼ全方位からの無効理由が主張されている。
実務家として特に目を引くのは、申立人がパラメータ特許特有の隙を突こうとした点だ。
測定条件の不明確性に対する攻撃
請求項に規定された「スパチュラ角」や「崩壊角」の測定に関して、明細書には「一定の衝撃を加える」等の記載がある。申立人は、ハンマーの重さや落下位置によって衝撃力は変動するため、角度を一義的に確定できず明確性要件違反であると主張した。
再現実験によるサポート要件違反の主張
申立人の一人は自ら実験を行い、実験成績証明書を提出している。 先行技術に記載された組成物を使って、本特許のパラメータ(粒度分布、水分含量、各種角度)を全て満たすものを作ったが、溶解性評価は「ダマになる(溶けにくい)」という結果になったと主張した。 つまり、特許のパラメータを満たしても課題を解決できない形態が含まれているのだから、サポート要件を満たしていないという理屈である。かなり手の込んだ攻撃だといえる。
特許維持のロジック:特許庁はどう退けたか
これらに対する審判合議体の判断は、結論から言えば全て特許維持(取消理由不採用)だった。その防衛ロジックが実務的に非常に参考になる。
測定装置の指定による一義的確定
まず明確性要件について。審判官は、明細書に測定装置として「ホソカワミクロン社製パウダテスタPTX」を使用することが明記されている点に注目した。 測定する装置が特定されれば、そこで採用されているハンマーの種類や落下位置などはその装置に固有のものであり、必然的に一定となる。したがって、パラメータは一義的に確定できると判断された。
実験条件の不一致を突く
次に、申立人の再現実験を用いたサポート要件違反の主張について。 審判官は、申立人の実験条件が本特許の製造・測定条件と完全に同一であるか不明であるとして、あっさりと前提を覆している。
決定文を読むと、申立人がスパチュラ角等の測定に、特許明細書で指定されたホソカワミクロン製ではなく、セイシン企業製の別の測定器を使用していたことが指摘されている。さらに、ロート径や測定時の温湿度、水分量測定の温度や時間なども、特許と同じか不明であると一蹴された。
新規性・進歩性についても、特定の粒度分布に加えて水分含量4.55質量%以下、かつ特定の安息角等という厳密なパラメータ範囲をピンポイントで導き出す動機付けは先行技術にないとして退けられている。
実務へのフィードバック
今回の異議決定から得られる教訓は以下の通りだ。
自社でパラメータ特許の明細書を書く場合、測定装置のメーカーや型番、さらには測定環境(温湿度など)を詳細に記載しておくことが、明確性違反の攻撃に対する強力な盾になる。 逆に、他社のパラメータ特許を潰すために再現実験を行って証拠提出する場合、装置の型番から測定条件に至るまで、明細書の記載を完璧にトレースしなければ特許庁には容易に排斥されてしまう。
東洋新薬の「イージーパウダー」特許は、明細書の丁寧な作り込みによってパラメータ特許の強みがいかんなく発揮され、結果として強力な参入障壁として維持された好例といえる。今後の実務においても、パラメータ要件における測定条件の記載粒度には十分に配慮したい。


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