今回取り上げるのは、資生堂による「シミ発生リスクの鑑別法(特許第6447971号)」の事例です。「縄文スコア」というユニークな指標を用いた発明ですが、審査段階ではサポート要件(36条6項1号)に関する興味深い拒絶理由が通知されました。
この事例からは、新しい概念を定義して権利化を目指す際、明細書の開示内容をどこまで「拡張・一般化」できるのかという実務上の難所が見えてきます。
定義の曖昧さと開示の不足
出願時の請求項1では、「縄文スコアを指標とすること」が発明の特定事項とされていました。これに対し、審査官は以下の2点を指摘しています。
第一に、用語の不明確さです。「縄文スコア」は出願時の技術常識において自明な用語ではなく、当業者がその範囲を一義的に理解できないという点です。
第二に、これが本質的なサポート要件の問題ですが、明細書の実施例において具体的に開示されているのが「頭部」の身体的特徴(鼻の高さや耳垢の質など)に限定されている点です。請求項の「縄文スコア」は手足など頭部以外の身体的特徴も包含しうる広範な表現であったため、発明の詳細な説明において開示された範囲を超えて一般化されていると判断されました。
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】特開2016-163612(P2016-163612A)
(43)【公開日】平成28年9月8日(2016.9.8)
(54)【発明の名称】シミ発生リスクの鑑別法
【特許請求の範囲】
【請求項1】
縄文スコアを指標とすることを特徴とする、シミ発生リスクの鑑別法。
【請求項2】
前記縄文スコアが、鼻骨高さ、顔立ちの彫深さ、鼻下長さ、目の大きさ、耳垢、髪質、ウィンク、及び眼瞼から選択される縄文人特性項目の一種又は二種以上の判定値である、請求項1に記載の鑑別法。
【請求項3】
さらに年齢を指標とすることを特徴とする、請求項1又は2に記載の鑑別法。
(以下省略)
拒絶理由通知書
適用条文 第36条
この出願は、次の理由によって拒絶をすべきものです。これについて意見がありましたら、この通知書の発送の日から60日以内に意見書を提出してください。
理由
1.(サポート要件)この出願は、特許請求の範囲の記載が下記の点で、特許法第36条第6項第1号に規定する要件を満たしていない。
記
●理由1(サポート要件)について
・請求項1-8
請求項1の「縄文スコアを指標とすることを特徴とする」なる記載について、 「縄文スコア」は出願時に自明なものではないため、具体的にどのようなスコアなのか当業者にとって想起できない。
そして、本願明細書には、段落0009にて、「「縄文スコア」とは、縄文人の身体的特徴に当てはまる程度のことをいう。」、段落0010にて、「縄文スコアの算出方法は、特に限定されず、例えば縄文人に特徴的な身体的項目(縄文人特性項目)の一又は複数に該当するか否かを判定し、該当する項目数や程度に応じてポイントを付与したり、該当する項目数の割合をパーセンテージで表したりして得た判定値を、縄文スコアとすることができる。」、「縄文人特性項目は、特に限定されないが、例えば、鼻骨高さ、顔立ちの彫深さ、鼻下長さ、目の大きさ、耳垢、髪質、ウィンク、及び眼瞼が好ましい。」旨の記載があるが、頭部以外の手足などの身体的特徴については、実質的な開示がなく、請求項1に係る発明の範囲まで、発明の詳細な説明において開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない。
また、請求項1を引用する請求項2-8についても、同様の点が指摘される。
よって、請求項1-8に係る発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。
補正による実施例への着地
この拒絶理由に対し、出願人は請求項1の中に「縄文スコア」の具体的な中身(鼻骨高さ、顔立ちの彫深さ、耳垢、髪質、ウィンク、眼瞼など)を直接書き込む補正を行いました。
つまり、出願人が本来狙っていたであろう「縄文人特性全般」という上位概念での権利取得を諦め、実施例で実証された具体的なパラメーター群へと限定したことになります。この結果、当業者が「課題(シミ発生リスクの推定)を解決できると理解できる範囲」に発明が特定されたとみなされ、特許査定に至っています。
(11)【特許番号】特許第6447971号(P6447971)
【請求項1】
縄文スコアを指標とすることを特徴とする、シミ発生リスクの鑑別法であって、
前記縄文スコアが、鼻骨高さ、顔立ちの彫深さ、鼻下長さ、目の大きさ、耳垢、髪質、ウィンク、及び眼瞼から選択される縄文人特性項目の一種又は二種以上の判定値である、鑑別法。
【請求項2】
さらに年齢を指標とすることを特徴とする、請求項1に記載の鑑別法。
以下省略
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-6447971/91A9BAC5D059B0D88D52FA7F09E8FCCA0D14CC26F873C60C6E0C5F16121219E8/15/ja
<以下、意見書より抜粋>
<3>本願発明が特許されるべき理由 前述の通り、本願発明における縄文スコアは、鼻骨高さ、顔立ちの彫深さ、鼻下長さ、 目の大きさ、耳垢、髪質、ウィンク、及び眼瞼から選択される縄文人特性項目の一種又は 二種以上の判定値であることが特定されました。 本願明細書には、縄文人の頭部の身体的特徴に当てはまる程度と、シミやソバカスの生 じやすさとの間に相関関係があることが記載され、実施例において前記縄文スコアを指標 としてシミ発生リスクを推定できることが具体的に実証されています。 したがいまして、当業者であれば本願発明によればより簡便にかつ高精度にシミ発生リ スクを推定する鑑別法を提供するという課題が解決されることを理解できますので、前記 拒絶理由は解消したものと思料します。



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