判例┃ プラバスタチンNa事件┃PBPクレーム(明確性要件)

判例

本事件(平成24(受)1204)の原文はリンクを参照。ここでは原文を適宜省略・表現の変更等しています。

<概要>

・PBPクレームは、原則、明確性要件違反となる。
・物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる。

本件は,特許が物の発明についてされている場合において,特許請求の範囲にその物の製造方法の記載があるいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る特許権を有する上告人が,被上告人の製造販売に係る医薬品は上告人の特許権を侵害しているとして,被上告人に対し,当該医薬品の製造販売の差止め及びその廃棄を求める事案である。被上告人は,当該医薬品が上告人の特許の特許発明の技術的範囲に属しないなどと主張しており,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法の記載がある場合における特許発明の技術的範囲の確定の在り方が争われている。

事実関係等の概要

本件発明

本件特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件特許請求の範囲に係る発明を「本件発明」という。)。
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

被上告人製品

ア 被上告人は,医薬品のプラバスタチンNa塩錠10 mg「KH」(以下「被上告人製品」という。)の製造販売をしている。
イ 被上告人製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウムを含有しているが,その製造方法は,少なくとも本件特許請求の範囲に記載されている「a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」することを含むものではない。

最高裁の判断

(1)

願書に添付した特許請求の範囲の記載は,これに基づいて,特許発明の技術的範囲が定められ(特許法70条1項),かつ,同法29条等所定の特許の要件について審査する前提となる特許出願に係る発明の要旨が認定される(最高裁昭和62年(行ツ)第3号平成3年3月8日第二小法廷判決・民集第45巻3号123頁参照)という役割を有しているものである。そして,特許は,物の発明,方法の発明又は物を生産する方法の発明についてされるところ,特許が物の発明についてされている場合には,その特許権の効力は,当該物と構造,特性等が同一である物であれば,その製造方法にかかわらず及ぶこととなる。したがって, 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合であっても,その特許発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるものと解するのが相当である。

(2)

ところで,特許法36条6項2号によれば,特許請求の範囲の記載は,「発明が明確であること」という要件に適合するものでなければならない。特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであるところ(特許法1条参照),同法36条6項2号が特許請求の範囲の記載において発明の明確性を要求しているのは,この目的を踏まえたものであると解することができる。

この観点からみると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されているあらゆる場合に,その特許権の効力が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物に及ぶものとして特許発明の技術的範囲を確定するとするならば,これにより,第三者の利益が不当に害されることが生じかねず,問題がある。すなわち,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲において,その製造方法が記載されていると,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか,又は物の発明であってもその特許発明の技術的範囲を当該製造方法により製造された物に限定しているのかが不明であり,特許請求の範囲等の記載を読む者において,当該発明の内容を明確に理解することができず,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うことになり,適当ではない。

他方,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲においては,通常,当該物についてその構造又は特性を明記して直接特定することになるが,その具体的内容,性質等によっては,出願時において当該物の構造又は特性を解析することが技術的に不可能であったり,特許出願の性質上,迅速性等を必要とすることに鑑みて,特定する作業を行うことに著しく過大な経済的支出や時間を要するなど,出願
人にこのような特定を要求することがおよそ実際的でない場合もあり得るところである。そうすると,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法を記載することを一切認めないとすべきではなく,上記のような事情がある場合には,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として特許発明の技術的範囲を確定しても,第三者の利益を不当に害することがないというべきである。

以上によれば, 物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると解するのが相当である。

PBPクレームにおける特許請求の範囲の捉え方

裁判官千葉勝美の補足意見は,次のとおりである。
私は,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下,単に「PBPクレーム」という。)における特許請求の範囲の捉え方について,次のとおり,多数意見に付加して私見を述べておきたい。

1 PBPクレームの解釈,処理の基本的な枠組み

(1) 平成16 年の特許法の改正により同法104条の3が創設され,侵害訴訟において特許無効の抗弁を主張することが可能となり,これにより,同条に係る無効の抗弁の成否(当該発明の新規性・進歩性の有無)を判断する前提となる発明の要旨認定をする場面と,侵害訴訟における請求原因として特許発明の技術的範囲を確定する場面とが同一の訴訟手続において審理されることとなった。そうすると,両場面におけるPBPクレームの解釈,処理の基本的な枠組みが異なることは不合理であるから,これを統一的に捉えるべきであり,このことは我が国の特許法制上当然のことであって,多数意見は,この見解を前提に,両場面ともいわゆる物同一説により考えることにしているのである。

(中略)

(3) このように,米国では,PBPクレームの解釈,処理については,多数意見のいうような出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情(以下「不可能・非実際的事情」という。)を厳格に求めておらず,発明の要旨認定では物同一説によってはいるが,結局,侵害の有無の場面すなわち特許発明の技術的範囲の確定においては,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定し,厳しく捉えるというものである。
今回,当審としては,発明の要旨認定の場面と特許発明の技術的範囲に属するか否かを審理する場面とで共通の統一した判断枠組みを採用するため,米国の特許制度の運用とは異なる面が生ずることとなるといわざるを得ない。もっとも ,米国での上記の運用は,侵害訴訟の場面になると,結局,PBPクレームは全てその範囲を製造方法に限定したものと認定がされることになり,物の発明についての特許
としてPBPクレームという概念を認める意味が大きく減殺されることにもなり,いわゆるダブルスタンダードとなるので,この運用が続く限り,法制の異なる我が国や欧州各国との統一性を図ることはできないことになる。
(なお,米国連邦最高裁は,2014年6月2日に判決した Nautilus, Inc. v.Biosig Instruments, Inc., 134 S. Ct. 2120 (2014) 事件判決において,特許請求の範囲の記載要件の一つである明確性要件について,クレーム解釈ができない場合又は解釈されたクレームが解決できないほど曖昧な場合にのみ不明確とすべきであるとした連邦巡回区控訴裁判所の判決について,クレームは,特許明細書及び出願経過に照らし,当業者に対し,合理的な確からしさにより発明の範囲を伝えることができないのであれば不明確とすべきであるとし,連邦巡回区控訴裁判所の判断は,明確性要件の果たす公示機能を損なうなどとしてこれを取り消し,事件を差し戻しており,明確性の程度を厳しく要求する姿勢が見られる点が注目される。)

2 現行の特許庁のPBPクレームについての審査基準について

(1) 特許庁の特許・実用新案審査基準(第Ⅰ部第1章2.2.2.4 (2),第Ⅱ部第2章1.5.2 (3))によれば,PBPクレームの審査基準は,現在も物同一説により審査が行われており,その概要は,次のようなものである。
発明の対象となる物の構成を,製造方法とは無関係に,物性等(構造等)により直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合など)であるという事情(以下「不可能・困難・不適切事情」という。)が存在するときは,その製造方法によって物自体を特定することができる。また,請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある場合には,最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。
物同一説により新規性・進歩性の有無について審査することの前提として,請求項が,製造方法によって物を特定しようとする表現を含む場合,明確性(特許法36条6項2号)の審査においては,審査の際の上記不可能・困難・不適切事情の有無については出願人がその事情の存在を理由に出願していることから,改めてその存否について実質的な審査はほとんどせず,出願人が上記のような請求項による出
願をするのであれば,特許庁は,その記載をもって不可能・困難・不適切事情があるものとして,PBPクレームとして物同一説により物自体の新規性・進歩性の有無を審査している。

(2) しかしながら,物の発明についての特許は,本来,出願に際しては,特許請求の範囲の記載において物自体の構造又は特性によって直接特定すべきところ,製造方法により特定することを認める範囲を広げ過ぎると,権利範囲が当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物にまで及ぶこととなり,公平な競争を阻害し,多数意見が指摘するとおり第三者の利益を不当に害することになる。そのために,PBPクレームについては,例外的にこれを認めるものとし,PBPクレームを認めるべき事情があるか否かは,厳格に考える必要があり,出願審査も実質的にそれに対応してされるべきものであろう。

3 PBPクレームを認める例外的事情

(1) 今回の当審判断(多数意見)は,この事情につき,発明の対象となる物の特定が「不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するとき」としている。その内容については多数意見で触れているところであるが,ここでいう「不可能」とは,出願時に当業者において,発明対象となる物を,その構造又は特性を解析し特定することが,主に技術的な観点から不可能な場合をいい,「およそ実際的でない」とは,出願時に当業者において,どちらかといえば技術的な観点というよりも,およそ特定する作業を行うことが採算的に実際的でない時間や費用が掛かり,そのような特定作業を要求すること
が,技術の急速な進展と国際規模での競争の激しい特許取得の場面においては余りにも酷であるとされる場合などを想定している。
特に,後者については,必ずしも一義的でないため,実際上どのような場合がこれに当たるかは,結局,今後の裁判例の集積により方向性が明確にされていくことになろう。

(2) 特許庁の現在の審査実務で採用されているとされている「不適切な場合」という基準は,余りにも価値判断的な要素が強く,内容が明確でないため範囲が広がり過ぎ,また,構造等でさほど困難なく特定できる場合であっても,単に発明の構成を理解しやすくするために製法を記載することまで認める余地を残すこととなり,いずれにしろ,PBPクレームの概念を認めた趣旨と齟齬しかねない面が生じ,妥当とはいえないところである。
なお,発明の構成をより分かりやすくするためであれば,製造方法については,特許請求の範囲にではなく,「発明の詳細な説明」に記載することで足り,そうすべきである。

4 今後の特許実務と従前のP BPクレームの扱い

(1) これまで,PBPクレームの出願時の審査においては,不可能・困難・不適切事情を緩く解してこの点の実質的な審査をしないまま出願を認めてきているが,今後は,審査の段階では,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合には,それがPBPクレームの出願である点を確認した上で,不可能・非実際的事情の有無については,出願人に主張・立証を促し,それが十分にされない場合には拒絶査定をすることになる。このような事態を避けたいのであれば,物を生産する方法の発明についての特許(特許法2条3項3号)としても出願しておくことで対応することとなろう。

(中略)

(3) 多数意見は,原審が提起することとなった上記の問題点を踏まえ,PBPクレームが認められる事情を本来の趣旨を踏まえて厳格に捉え,それに当たらず拒絶されるおそれがある場合には,物を生産する方法の特許として出願させるという実務を定着させる方向の後押しとなる解釈を示すものである。これは,特許出願の際の審査が,PBPクレームを物質特許として認めるための要件を実質的にも審査することになる点でこれまでとは変わることとなるが,出願人にとっては,従前も,構造等で特定できる場合(不可能・非実際的事情が存在しない場合)であるのに通常の物の特許ではなくPBPクレームであるとして出願することがどの程度広く行われてきたかは疑問もあり,また,本当に「不可能であるか,又はおよそ実際的でない」のであれば,この点は,出願人にとって主張立証することに大きな負担となることはないであろう(例えば,生命科学の分野で,新しい遺伝子操作によって作られた細胞等であれば,それを出願時において構造等で特定することに不可能・非実際的事情が存在しないとして拒絶されるとはいえないであろう。)。
また,審査においても,出願人がこれを積極的かつ厳密に立証することは事柄の性質上限界があるので,これを厳格に要求することはできず,合理的な疑問がない限り,これを認める運用となる可能性が大きく,その意味では,さほど大きな懸念を抱かなくても済む可能性が大きい。

(4) 次に,従前,出願審査の段階では原則として不可能・困難事情の存否を実際上チェックしないまま既に認められ登録されてきたPBPクレームについて,今後,無効審判請求や侵害訴訟の過程での特許無効の抗弁の提出がされることも予想される。しかし,出願時において不可能・非実際的事情の存在を明らかにできないのであれば(それは,構造等で特定できるのにそれをせず,安易に製法により特定したPBPクレームとして出願したということになる。),それが無効とされても止むを得ないところである 。もっとも,この事態は,特許出願の審査が緩くPBPクレームを認めてきたことに起因するものであり,このことは出願人のみの責任ともいえないところであって,これを避けるためには,特許無効審判における訂正の請求(特許法134条の2)や訂正審判の請求(同法126条)等を活用することも考えられ,それらが現実にどのように処理されるかは今後に残された問題であろう。

所感

実務面での注意

物の発明において製造方法が記載されている場合は明確性違反の拒絶理由となることを十分に理解しておく必要がある。仮想事例として、Patent2016に以下の例があった。

★仮想事例 2
◆拒絶理由通知前の請求項
【請求項 1】
肘掛,背もたれ後面側に接続し
前記背もたれに対し滑らかに斜交する面状体に形成するとともに,
前記肘掛に対して,前記背もたれにわたって強化繊維を配置したこと
を特徴とする椅子。
◆拒絶理由通知
請求項 1 に係る発明は「椅子」(物の発明)であるが,当該請求項には,
「肘掛を,背もたれ後面側に接続し,
前記背もたれに対し滑らかに斜交する面状体に形成するとともに,
前記肘掛に対して,強化繊維を配置した」
という,その物の製造方法が記載されていると認められる(いずれの下線も審査官が記入した)。
<補正等の示唆 2 >
「肘掛,背もたれ後面側に接続され
前記背もたれに対し滑らかに斜交する面状体に形成されるとともに,
前記肘掛に対して,強化繊維が配置された
と補正すれば,拒絶理由は解消するものと審査官は考えます。

パテント 2016 Vol. 69 No. 10

これをみると、注意していないとPBPになっていることを見落としてしまいそうである。また、本人がPBPと意図していなくとも、結果としてPBPクレームになっている場合も十分考えられる。

十分に意識して実務に取り組む必要があると感じた。

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